幸せの数を増やすには

中谷英貴です。

 つながりが増えると、幸せの数が増える。
 よく、そう言われます。
 実際、そう思われた方は健全なつながりを持っているか、持った経験があった方だと思います。

 実際、人のつながりは大切です。
 社会に出て働き、日々の糧を得るようになると、仕事や夫婦など家族との関係以外につながりを求める余裕がなくなっていくものです。親兄弟などの肉親とのつながり、学生時代の友人たちとのつながり、趣味やサークルのつながり。
 そのことに気づいて、意識してあちこちに顔を出すようにしても、何だか空回りして、つながった気にならない。新しい世界なら、これ間にない経験をしてつながれるかと思ったけれど、それも何だか違ったり。

 一番大切な他者は自分自身と言います。その自分自身とのつながりが制限されてしまっていたり、仕事に入れ込みながら感情的な部分を押し殺し続けて鈍麻していると、肝心の自分の想いがつながっていないのだから、形や数ばかり求めても他者とつながる感覚が得られるはずもない。
 
 家族システムという言葉があります。
 システムはそれが完成すると、あたかも一つの有機体のごとく存続し続けるために機能するようになります。
 つまり家族システムとは、家族を維持するための自律的な機能が働くということです。夫(父)、妻(母)、息子、娘といった家族の成員一人一人が、“自分の想いに優先して”家族というシステム自体を維持するために働き続ける、ことを意味します。実際には、個々人の欲求と家族の維持のための我慢とが折り重なっているわけですが、後者がある一定の状況を超えてしまうと、家族を維持するために個人が破綻を迎えることになります。細胞のアポトーシスとは異なり、家族の構成員がおかしくなって、家族自体が正常に機能するようになる、ということはあり得ません。
 本来、個々の欲求、想いを叶えるものが家族であるのだから、これは矛盾そのものです。同じことが、自分の中にもおきていないでしょうか。

 昔、お笑い芸人が筋肉ムキムキのガッツポーズでスマイルしながら口にした、「健康のためなら、死んでもいい」なんて言葉がはやりました。
 本末転倒で笑いをとったものですが、ここまでいかなくとも、私たちは実は似たようなことを気付かぬうちにやっていたりはしないでしょうか。

 つながる先はたくさんあっていい。
 よほどおかしなものや不健康なものでもない限り、人の目を気にすることなく、いろんなつながりを求めれはいいと思います。

 でも、求めるためには、自分が求めるものを知らなければならないし、そのためには、詰まるところ、喜びや悲しみ、心の痛み、懐かしさ、そういった日常的に押し殺しがちで人によっては思い出せなくなっているような一つ一つの自分と向き合い、ささやかではあってもそこにある想いを感じなおす必要があります。

 求めるものの、根幹にある自分とのつながり、仕事よりも、家族よりも、優先度を上げて、もう一度見つめなおしてみませんか。

お読みいただきありがとうございました。