苦しんでいる私は幸せを知っている

中谷英貴です。

 一人で暮らし始めた後も、
 父母の互いの人格の罵りあい、
 凄まじい批判の応酬を
 見続けたこと、
 互いが息子である私を味方につけようとして、
 一緒になって相手を批判するように
 仕向けようとしていた過去の影響に、
 悩まされていました。

 人は家族の中で培った世界観で
 世の中と接することを考えれば、
 その影響が小さくなかったことは、
 不思議でも何でもないことは
 今ではよく理解できます。

 当時は、心理学の知識も、家族病理学のことも
 何も知らなかったので、
 自分が抱える困苦が
 そこに起因していることもまた
 理解していませんでした。
 残念ながら、
 その関係性を理解したからと言って、
 理解をして苦しんでいる自分が
 現れただけでした。

 無力感、
 感情鈍麻、
 侮蔑、
 憎悪、
 怖れ、
 そういった心理学用語で表現される、
 誰もが感じたくない感情が
 胸の内に渦巻き、
 自分の不幸を呪った時期がありました。

 あるとき、
 子供の頃のアルバムを見る機会がありました。
 それまでにも何度も見たはずだけど、
 その時、脳裏をよぎったのは別の感覚でした。

 なぜ、自分は不幸と感じているのだろう。
 そんな疑問です。
 不幸な状態が生まれてからずっと続いているのなら、
 それが常態なのだから、
 不幸なんて感じないはずだ、
 という疑問でした。

 もう一度アルバムに目を落とすと、
 お祭りに参加している子供の私の笑顔がありました。

 「あ、知っていたんだ」
 直感がそう伝えてきました。
 前回書いた言葉でいえば、
 そこに、少なくともその時の
 楽しかったり、
 気持ちよかったり、
 笑っていたり、
 そうした感覚に、嘘はなかった、
 ということです。

 世界が変わった瞬間でした。

 お読みいただきありがとうございました。

あなたの感情を作る原風景

中谷英貴です。

 よく素の自分とは何かを考えます。
 というより感じたいと思います。

 なぜかというと、
 自分がもっとも落ち着くし、
 スムーズに事が運ぶし、
 起こったことを捻じ曲げて捉えないし、
 何より、選択に迷いがなくなるからです。

 日本の原風景というとき、
 思い浮かべることは何でしょう。
 棚田とか、
 里山とか、
 山や海や湖とか
 自然と調和したお寺や神社とか、
 文化遺産とか
 集落とか
 草原とか
 いろいろ思い浮かぶのではないでしょうか。

 どれも古くからあるもので
 今も残っていて、
 とても素朴なものです。

 生きづらさ、行き詰まり感を抱えて
 どうにもならなく感じている時、
 何か生まれてから当たり前に思っていた感覚を
 見失っている気がします。

 冬の夜のひっそりとした町の静けさや
 夏休みの朝の匂い、
 友達と行ったプールの帰りの体の感覚や
 川の土手を歩いた感触、
 秋の夜の虫の声や、
 炬燵で眠り込んで目が覚めた時のけだるさ
 降り出した雨がアスファルトに沁み込む匂い、
 高速で空を動く雨雲、
 窓越しに耳にした木枯らしの音、
 夕食の準備で台所から聞こえてくる鍋の音。

 それらを感じた時代の生活が
 100%幸福につつまれていたわけではないかもしれません。
 人によっては、
 虐待を受けていたり、
 いじめを受けていたり、
 経済的に困窮していたり
 いつも親が互いを憎みあっていたり、
 哀しい場面の連続だったかもしれません。

 でも、そんな時でさえ
 私たちは生きていた。
 真冬の夜更けに外に出れば吐息は白く
 頬に触れる夜気は冷たい。
 そう感じたことには何も嘘はなかったし、
 それは今も自分の根幹を形作ってくれている
 大切な原初の記憶です。

 個々人が持つ、
 自分が生きてきたあかしとしての
 心の原風景。
 見失うことはあっても、
 消えてなくなったりはしません。

 その風景の数々を皮膚感覚で思い出す時、
 私たちは素の自分と再会することができると思います。

 お読みいただきありがとうございました。

大切な人に人生を預け切らないのが、自分も相手も大切にする生き方だと思う

中谷英貴です。

 伴侶、恋人、親、そして子供。
 人生を預け切らない対象です。
 親は、子供の頃には難しいけれど、
 社会人になった後、
 脱価値観したい。

 人によってはなかなか難しいと思います。
 私は難しかった。
 でも、
 どれほど身近で、
 どれほど大切で、
 どれほど愛おしく思う、
 そんな存在だったとしても、
 そこに人生のすべてを預けようとするのは
 とても危険です。

 無条件に永遠に続く関係はない。
 父母を振り返った時、
 そして自分の体の奥深くに定着した
 感覚と対峙して、
 つい忘れがちなこと。

 もともとそんな発想というか、
 そんな心持ちもまた、
 生い立ちの中で培われたものだから、
 それはよくないよと言われて
 すぐ実行できるとは限らない。

 この人によって私の人生は救われた、
 この人がいるから私は幸せだ、
 この人がいるから私は生きていける。

 “この人”を大切にすることは、
 自分を大切にすること。
 自分の考えを、気持ちを、選択を尊重すること。

 預け切るということは、放棄です。
 預け切るなら、人以外の何かがいい。
 神様でも仏様でも宇宙でもなんでも。 

 同じ不完全な人間を愛するほどに、
 自分の内面を大切にすることが、
 大人の証だと思う。

 書いていて当たり前だと思うけど、
 かくいう自分はどこまで実行できているのか、
 と問いただせば、
 時には人のせい、
 時には社会のせい、
 時には…

 もう一度、間違っても、ミスっても、失敗しても、
 自分の心と体と選択を尊重し、
 愛する人を愛して生きたい。

 お読みいただきありがとうございました。

最初に許すのが自分である理由は、そうしないと誰も許せないし、先に進めないから。

中谷英貴です。

 今までに二度と許せないほど人に腹を立てたことは
 誰にもある……わけではないのかな。

 私にはありました。
 会社の上司や同僚ということもありましたが、
 やっぱり、
 ある時の父であり、
 ある時の母でした。

 この怒り、憎しみが邪魔になって、
 物事に集中できず、
 困り果てていたことがあります。
 この感情に依存していたのでしょうね。

 何とかしなくちゃ。
 そう思いました。
 まるでモノを動かそうとでもするように。
 自分とは無関係の無機物を処理しようとするように。

 心理を学び、
 自分の中にいる自分と巡り合うにつけ、
 その考えが傲慢であると思い知らされました。

 自分の一部であり、
 時に自分を守ってくれたその感情を、
 邪魔だからと切り捨てようとしていた。 

 怒り、憎しみの陰に隠れていた、
 自分への憤りを見つけ出すことが最初でした。
 そして、憤っている自分に、
 しっかりと寄り添い、受け入れる。
 それができると、嘘のように
 怒りも憎しみも消えていきます。
 自分の一部が発していた訴えを
 聞き取り、理解し、受け取ったからです。
 自分を許すことができたときでした。

 自分を受け入れるほどに、
 父や母に対するわだかまりが消えていき、
 彼らを一個の不完全な人間として
 頭ではなく、皮膚感覚で
 感じられるようになりました。
 子供の頃とは異なる感覚で
 親を一個の人間として好きであることに気づいたときです。

 それまで、
 つまづいたり、
 思考がついていかなかったりしたこともまた、
 スムーズに進むようになりました。

 最初に、憤っている自分
 (それは同時に落ち込んだり
 卑下したりしている自分でもあります)を見つけて、
 その理由を感覚で感じ取ってみる。
 自分自身なのだから、
 自分には理解できる感覚があるでしょう。
 そこにしっかり共感する。

 最初に自分を許す。
 その分だけ、他者を、世界を許し、
 許容できるようになる気がします。

 お読みいただきありがとうございました。

花粉の季節が来た…

中谷英貴です。

 花粉の季節が来ました。
 今年は例年より量が多いそうですね。
 昨年はほんとにスムーズに過ごすことができましたが、
 今年はどうなんだろう。

 私は一時ひどかった症状も
 今はかなり落ち着いているのですが、
 やっぱりマスクがいらないかというと
 そんなこともない。

 春の夜の街に漂う香りや、
 木漏れ日が揺れる桜並木の遊歩道や、
 水が温まって釣れ出すフナたちや、
 そういった素敵な季節の楽しみが半減するのは
 なんだか寂しいですが、
 背に腹は代えられない。

 原家族がまとまっていた頃、
 良く出かけた釣りや昆虫採集は
 決まって動き出すのがこの季節でした。
 私にとっては懐かしい思い出が詰まっていて、
 川の土手や桜の下を歩くとほっとします。

 先日、念のため花粉症の薬をもらいに行きました。
 その病院とは、花粉症対策でお邪魔するという、
 基本的には年に1回だけの関係です。
 それでも、毎年通ううちに顔を覚えていただいたようで、
 たまたまドクターと年齢が同じということもあって、
 花粉症と年齢の関係の話になりました。
 ドクター曰く、花粉症の症状は
 年齢との関係は…さておき(さておかれてしまった…)
 その人のリラックスの度合いと関係するのだとか。
 どれだけリラックスして生きているか、
 それが関係するのだとか。

 一説には、海で日焼けしている人は
 花粉症の症状が軽いと聞いたこともあります。

 何が正しいのかはわかりません。

 春眠暁を覚えず。
 あれは、花粉の影響で疲労がたまり、
 体が睡眠を欲することを
 昔の人がそう詠んだのではないかと
 まったりと考えてみました。

 前にも言ったかな。

 お読みいただきありがとうございました。

あざ笑うな!でも滑稽だけど

中谷英貴です。

 必死になって何かをしているとき、
 人から嘲笑われても、
 それほど傷つかないのが
 自分の性格のようです。
 何か目的があって、動いているので、
 そんな時は一目は特にどうでもいい。

 ただ、迷っていて
 とにかく街を歩き回っていた時期があって、
 その時は本当に実際何をするわけでもなく、
 歩き続けることで何とか
 不安と言うより恐怖をやり過ごそうと
 していました。

 それを茶化されたりすると、
 なんだかとても腹立たしかった。

 時々書いていますが、
 原家族が離散したとき、
 なぜここまで苦しいのか、
 身も心も分裂してしまいそうになるのか
 なった句理解できず、
 自分の置かれている状況がわからず
 それをするとどうにかなるというわけではなくm、
 ただ必死になって歩くのです。

 …今振り返ると、
 確かに、
 何だかおかしくて、ちょっと笑えます。
 嘲笑うことはないけれど、
 そこまで怯えなくてもいいんだよと
 あの時の彼に、伝えたい。

 大切な過去の自分をそんな微笑みで
 包んであげたいと思う。

 四半世紀以上前の街は、
 今よりもう少し混沌としていた気がします。

 お読みいただきありがとうございました。

何でこんなに苦しいのだろうといつも感じていた

中谷英貴です。

 特に仕事をしていて、よく苛まれた感覚ですが、
 無性に苦しくて仕方がない時期がありました。

 もともと、出来が良いわけではないことは
 重々承知していたはずだけど、
 何とか結果を出しても、
 レポートを作り上げても、
 果ては昇進しても、
 苦しくて仕方がなかった。
 もちろん、
 何かをすると叱られることがデフォルトで、
 プレゼンの説明も上司への報告も、
 褒められたものではなくて、
 新しく学ぶ必要がある知識のキャッチアップも遅く、
 そんな自分の状況が露呈するから
 苦しいのかもしれないとも考えました。

 フランスの社会学者デュルケムは、
 経済危機だけでなく急成長などの急激な変化があった時に陥る
 攪乱状態が起こり、その際の葛藤をアノミーと呼びましたが、
 どうもそういうものとも違うみたい。

 自問自答の末、朧ながら感じられたのは
 仕事の出来・不出来ではなく、
 自分自身との接し方を蔑ろにしている
 ということでした。

 仕事の選択の仕方は、
 自分が惹かれたり、
 好きだったり、
 やるべきと感じたことではなく、
 給与と安定とネームバリューが基準になっていました。
 それで高いパフォーマンスを発揮していれば
 まだいいのでしょうが、
 残念ながら現実はそれとは程遠いアップアップ状態。
 これでは会社も困りますよね。

 働き方も、
 人目を気にしすぎて、
 目先のお金にこだわりすぎて、
 ストレスばかりため込みすぎて、
 といった残念な状態でした。

 私たちが仕事や働き方の選択において
 本来もっとも優先すべきことは、
 自分の欲求に従って
 自分がやりがいを感じることを率先して選択し、
 その世界で自分を満たし、
 その結果を必要とする多くの人も満たすこと
 であるはず。 

 仕事に限らず、何かが苦しいと感じるとき
 そして身動きが取れなくなるほど、
 心と体が疲弊しているとき、
 そういった心の欲求を明らかに蔑ろにしている
 のではないでしょうか。 

 以前書きましたが、仕事で苦しんでいるとき、
 父はよく母にこぼしていたことがあったそうです。
 父もまた私がそうであるように
 職場の人間関係に苦しんていたといいます。
 他の選択肢として、車が好きだった父は
 タクシードライバーになろうとしていたみたいですが、
 結局踏ん切ることができなかった。
 あの時父がサラリーマンを辞めていたら、
 と考えるときがあります。
 決して甘くはない交通業界で、
 やはり同じように苦しんだのかもしれませんし、
 どうなったかはわかりません。
 ただ、もしかしたら
 自分で新しい道を選択したことで、
 原家族が離散したり、
 自ら世を去ることは、
 なかった可能性もある。
 全て“たら・れば”の話です。
 ただ、自分が望んでない場所にいるよりも
 望む方向へ動いたという事実は
 悔いにはならないはず。

 いずれにしても切に感じるのは、
 出来ない自分を肯定し、
 出来ないなら出来ないことがあってもいいことを
 自分に許すこと、
 そして、
 自分が求める働き方や
 何をして生きていきたいのかを
 自分自身と相談して明確にし、
 その実現に向けて小さくても歩き出すこと、
 この2つの大切さです。

 耐えがたいほど苦しい状況が続いているとき、
 そこに欠けているのもまた、
 この2つのことではないでしょうか。
 自分を振り返っても、
 そこに行きつきます。

 お読みいただきありがとうございました。